ホームへ

生後42日目 母乳育児に挫けた理由。

母子手帳に「混合」と書かれてしまいました。

挫けながらも細々と続けていますが、予定とは大きく違う現実、どうしてこうなってしまったのか。

 

時系列に沿って理由を挙げてみました。

  • 息子が即nicuに入った為、母乳分泌を促進するカンガルーケアが出来なかった
  • 出血が1200ccあり、産後しばらく強度の貧血だった。
  • 全く出ない母乳を3時間おきに徴収しに来られるプレッシャーが凄まじかった。
  • nicuでミルクを与えられていて、その量(20cc)に慣れてしまっていたので母子同室になった時には、需要と供給のバランスが完全に崩れていた。
  • 吸わせても吸わせても足りなくて泣かれる事に疲れてしまった。
  • 黄疸が悪化していったので、沢山飲ませて排便させるため、おっぱいの成長を悠長に待つ事は出来ずミルクを足すしかなかった。

 

本来、胃袋とおっぱいは同時に育つもの。

赤ちゃんは3日分の水筒を持って産まれてくるから(最初は母乳があまり出なくても平気で)その間に沢山触れ合い母乳分泌を伸ばして、赤ちゃんの胃袋の大きさとおっぱいが同じペースで育っていくのが理想的らしいです。

入院中離れて過ごしている間に大きくズレてしまった需要と供給。毎回20ccを飲むベビオと4cc(上部写真)絞り出すのが精一杯の私が上手くいく筈もなく、更に黄疸が予断を許さなかったため、早々にミルクを足すしかありませんでした。

続けているうちに徐々に遅れを取り戻せると思っていましたが、結局1ヶ月半経っても需要が1回120〜140ccに対して、供給は約60ccなので全く追いつけませんでした。

授乳回数を増やしたり、夜間授乳をもっと積極的にすれば、差は縮まったのかもしれません。

頑張りきれなかったのは、産後鬱の影響が一番大きいですが、もう一つ大きな理由がありました。その理由は次回に…。

いつもありがとうございます。
ランキングボタンを押してもらえると、更新の励みになります。

コメントは受け付けていません。

copyright © 快楽主義者の憂鬱 All rights reserved.